社内にAI用PCを配るときの選定基準|全員に高性能機は要らない
「社内でAIを活用する」と決まったあと、情報システム部門に降りてくるのは「どのPCを何台買うか」という具体的な問いです。ここで起きがちなのが、全員に高性能機を配って予算を使い切り、実際にはブラウザしか使われないという結末。役割ごとに必要なものは大きく違います。
まず人を3層に分ける
AIの使い方で、必要な機材はきれいに3つに分かれます。人数比はおおむね上から8割・1.5割・0.5割です。
| 層 | やること | 必要な機材 | 1台あたり |
|---|---|---|---|
| 利用者(大多数) | ChatGPT・Copilot・Geminiをブラウザで使う。議事録の要約、メールの下書き、資料のたたき台 | メモリ16GB以上の一般的なPC。既存機で足りることが多い | 0〜18万円 |
| 作り手(開発・分析) | コーディングAIでシステムを作る、データを処理させる、自動化を組む | CPU 8コア以上・メモリ32GB・NVMe 1TB。GPUは不要 | 15〜25万円 |
| ローカル運用(少数) | 社外に出せないデータをAIで扱う、画像生成、24時間の自動処理 | GPU搭載機、または大容量メモリのMac・ミニPC。共有サーバとして1台でも可 | 30〜75万円 |
重要なのは、3層目は「1人1台」である必要がないことです。ローカルLLMをAPIとして社内に公開すれば、1台を部署全体で使えます。10人分の高性能機を買うより、共有サーバ1台と利用者向けPC10台のほうが安く、運用も楽になります。
層ごとの選定基準
利用者向け(8割)
クラウドのAIはブラウザで動くので、PCの性能はほぼ関係ありません。差が出るのはメモリ容量と画面です。買い替えの必要があるのは、メモリ8GBの機種だけ。既存機のメモリを16GBに増設できるなら、1台1万円台で済みます。
- メモリ16GB以上(増設可能な機種なら増設で対応)
- SSD 256GB以上。会議録音や資料が溜まるなら512GB
- 外部モニタ。資料とAIの出力を並べられるかで作業効率が変わります
- NPU搭載(Copilot+ PC)である必要はありません。Windowsの付属機能を使う場合だけ検討対象
作り手向け(1.5割)
コーディングAIは、モデルの推論こそクラウドですが、ビルド・テスト・Docker・ブラウザ操作は手元で走ります。人が1人で作業するより負荷が高くなるので、メモリとCPUコアで差が出ます。GPUは使われません。
- CPU 8コア以上、メモリ32GB。並列でエージェントを動かす人は64GB
- NVMe SSD 1TB以上。リポジトリとDockerイメージで半年で埋まります
- OSはmacOSかLinuxが扱いやすい。WindowsならWSL2の設定を情シス側で用意しておくと展開が速い
- ゲーミングPCを配るのは避けましょう。GPUに払った分がそのまま無駄になります
ローカル運用向け(0.5割・共有可)
社外秘の文書をAIに読ませる、画像を生成する、夜間に自動処理を回す。これらは手元でモデルを動かすので、GPUかユニファイドメモリが要ります。共有サーバとして設置し、社内から使う形が効率的です。
- 文書の検索・要約(RAG): メモリ48〜64GBのMac、またはVRAM 16〜24GBのGPU機
- 画像生成: VRAM 16GB以上のGeForce。CUDA前提のツールが多いのでMacは不向き
- 24時間の自動処理: 静音・省電力で、スリープしない機種。UPSも予算に含める
- 詳しくは常時稼働PCの選び方と社内文書の検索・要約
台数と予算の組み立て方(50人の会社の例)
従業員50人、うち開発・分析が8人、ローカルでの機密文書処理が必要な部署が1つ、という想定で計算します。
| 対象 | 台数 | 構成 | 小計 |
|---|---|---|---|
| 利用者(既存機がメモリ8GB) | 20台分の増設 | DDR5 8GB×2(16GBへ) | 約30万円 |
| 利用者(更新期の買い替え) | 10台 | メモリ16GB・SSD 512GB | 約100万円 |
| 作り手 | 8台 | メモリ32GB・NVMe 1TB・GPUなし | 約160万円 |
| ローカル運用の共有サーバ | 1台 | Mac mini M4 Pro 64GB+UPS | 約40万円 |
| 合計 | 約330万円 |
ここで全員に「AI対応」を謳う30万円のPCを配ると、50台で1,500万円になります。差額の1,170万円は、実際には使われないGPUとNPUに払う金額です。層を分けるだけで、同じことができて費用が5分の1になります。金額は2026年9月時点の目安で、構成と時期で上下します。
導入で失敗しやすい点
- 全員に同じ機種を配る: 調達は楽ですが、8割には過剰、2割には不足という結果になりがちです
- 「AIパソコン」の表記で選ぶ: NPU搭載機はWindowsの付属機能のためのもので、ChatGPTや画像生成の速度には関係しません(詳しい解説)
- 作り手にメモリ16GBを配る: Docker Desktopとエディタとブラウザで埋まり、AIエージェントを動かした時点でスワップが始まります
- ローカル運用を1人1台で計画する: 共有サーバ1台で足りることがほとんどです
- 常時稼働機をノートで代用する: フタを閉じると止まり、更新の再起動で途切れます
- ソフトの互換性を確認しない: Snapdragon X搭載機はArm版Windowsなので、業務ソフト・プリンタ・VPNの動作確認が要ります
段階的に進めるなら
- 1〜2か月: クラウドAIを全社で使い、誰がどれくらい使うかを測る。この間の追加投資はメモリ増設だけ
- 3か月目: 作り手の層が見えてくるので、その人たちにメモリ32GBの機種を配る
- 半年目: 「この文書は外に出せない」という声が上がった部署に、共有のローカルLLMサーバを1台置く
- 以降: 使用量とコストを見て、クラウドとローカルの比率を調整する(コスト比較の計算機)
最初から全部を揃えないほうが、結果的に安く、外しにくい。使用量は測ってからでないと分かりません。
1台あたりいくら見ておくか(2026年9月時点の目安)
利用者向けの標準機で1台あたり12〜18万円、画像や動画も扱う作り手がGPUを積むと28〜38万円が目安です(2026年9月時点)。法人の調達は台数がまとまるぶん、1台ごとの差額も合計では大きな金額になります。層ごとの単価を先に決めてから、台数を掛けるのが組み立てやすい順序です。
| 層 | 構成の目安 | 1台あたり | 備考 |
|---|---|---|---|
| 利用者向け | Core Ultra 7 / Ryzen 7クラス・メモリ16GB・SSD 512GB | 12〜18万円 | 法人向けモデルは保守サービス込みで上振れする |
| 利用者向け(重め) | 同上・メモリ32GB | 15〜22万円 | ブラウザのタブと会議ツールを常時開く人はこちら |
| 作り手向け | CPU 8コア以上・メモリ32GB・NVMe 1TB | 20〜30万円 | ノートかデスクトップかは働き方で決める |
| 作り手向け(画像・動画も) | VRAM 16GBのGPU搭載機 | 28〜38万円 | CUDA前提のツールが多く、GeForce系が無難 |
| ローカル運用(共有) | ユニファイド64〜128GBの常時稼働機 | 32〜48万円 | 部署で1台。Mac miniやRyzen AI Max |
価格は当サイトが把握している構成の目安で、時点は2026年9月。法人向けの見積もりは、保守年数・キッティング・資産管理タグの有無で変わります。リンク先の価格が正です。
50人の会社で、全員分を新しく買うとどうなるか
利用者42人 × 15万円 = 630万円。作り手8人 × 26万円 = 208万円。ローカル運用の共有機を2台 × 40万円 = 80万円。合計918万円です。上の例は既存機を生かす前提でしたが、こちらは全員分を新しく買う前提です。
ここで全員に「AI用」としてVRAM 16GB搭載機を配ると、50 × 33万円 = 1,650万円。差額は732万円になります。しかも上乗せした732万円が役に立つのは、実際にGPUを使う8人ぶんだけ。残りの42台では、その分の電力とファンの音が増えるだけで終わります。
よくある3つの誤解
「全員にAIパソコンを配れば全社のAI活用が進む」。進みません。クラウドのChatGPTやCopilotを使う人にとって、AIの処理はクラウドのサーバ側で行われています。手元の性能はほぼ関係しません。差が出るのは画面の広さとメモリ16GB、それに社内の使い方ルールです。
「NPU搭載機なら生成AIが速くなる」。速くなりません。NPUが使われるのはWindows付属の機能(ライブ字幕の翻訳、スタジオエフェクト、リコール)で、社内で使うローカルLLMや画像生成のツールはNPUを使いません。詳しくはAIパソコンとはで整理しています。
「安く済ませるならメモリ8GBでいい」。ここだけは削らないほうが安全です。会議ツール、ブラウザのタブ、業務アプリを開いた時点で8GBは埋まります。差額は1台あたり1〜2万円で、その分だけ日々の待ち時間が減ります。
調達のときに決めておくこと
- 保守年数をそろえる: 層ごとに更新時期がばらけると、資産管理と予算計上が煩雑になります。4年でそろえる会社が多い
- キッティングを誰がやるか: 台数が20台を超えると、初期設定の外注費が1台あたり数千円かかり、合計では無視できない額になります
- GPU搭載機の設置場所: 消費電力と発熱、それに音。執務室に置くなら静音性を仕様に入れておきましょう
- 共有機のアクセス経路: 社内LAN内に限るのか、VPN越しも許すのか。ここを決めないとネットワーク部門で止まります
- 持ち出しの可否: ローカルにモデルと社内文書を置く機材を持ち出す場合、ディスク暗号化と紛失時の手順が要ります
編集部メモ: 3層に分ける話をすると、たいてい「うちは全員が作り手だ」と言われます。実際に何をしているかを聞くと、8割はブラウザでチャットを使っているだけ、というのが実情です。逆に、情報システム部門に1人だけ、社内のあらゆる自動化を1台で抱えている人がいたりする。
その1台が止まると業務が止まるのに、支給されているのは全員と同じ標準機だった、ということも起きます。層で分けるのは節約のためというより、その1台を見つけるためだと考えたほうが実態に合っています。
配ったあとで差がつくこと
機材をそろえた時点では、まだ何も起きません。使われる形になるまでに、決めておくと差が出る点があります。
- 使ってよい範囲を先に示す: 何を入力してよいかが曖昧なままだと、慎重な人ほど使わなくなります。禁止事項を並べるより、「この種類の文書はそのまま貼ってよい」と書くほうが使われます
- 最初の1つを配る: 議事録の要約、メールの下書き、表の整形。誰でも使える具体的な手順を1つ配ると、そこから広がります
- 作り手の機材を先に整える: 社内で使われる仕組みを作るのはこの層です。ここで作業が滞ると、全社の活用がそのまま止まります
- 共有機の使われ方を見る: 待ち行列ができているか、逆に誰も使っていないか。1か月見れば、2台目が要るかどうかが分かります
- 更新の順番を決めておく: 予算がついた年に、どの層から更新するか。作り手層を先に回すほうが、全体への効果が大きくなります
層の割合が変わる兆候
8対1.5対0.5という比率は導入時の目安で、社内の使い方が広がると変わります。次の兆候が出たら、作り手層の枠を広げる時期です。
| 見えてくること | 意味 | 対応 |
|---|---|---|
| 「自分でも自動化を組みたい」という声が複数の部署から出る | 利用者層の一部が作り手に移っている | 希望者にメモリ32GB機を割り当てる |
| 共有機の待ち行列が日常的にできる | ローカル運用の需要が1台を超えた | 2台目を足すか、大容量の機材に置き換える |
| 個人が私物のPCで業務のAIを動かしている | 支給機材が足りていない合図 | その用途を洗い出し、正規の機材に移す |
| 特定の1人に自動処理が集中している | 属人化。その1台が止まると業務が止まる | 共有機へ移し、手順書を残す |
最後の行が、この3層の分け方でいちばん見つけたいものです。全員に同じ標準機を配っていると、この1台は最後まで見えません。
よくある質問
リースと購入、どちらがいいですか
ローカルLLM用の共有機は購入が向きます。動かせるモデルの上限を決めるのはメモリ容量で、これは年数が経っても変わらないため、長く使うほど得になるからです。利用者向けの標準機は更新サイクルの都合でリースにする会社も多く、こちらは既存の運用に合わせて構いません。
MacとWindowsを混在させても大丈夫ですか
混在は普通に起きます。開発者にMac、事務にWindowsという分け方は現実的です。ただしローカルで画像生成や動画生成をさせる予定があるなら、その用途の機材はCUDAが使えるGeForce搭載機にそろえたほうが手間が減ります。判断の分かれ目はAI用途でMacかWindowsかを参照。
共有のローカルLLMサーバは何人まで使えますか
同時に投げる人数で決まります。1人ずつ順に使うなら10〜20人でも回るでしょう。5人が同時に長文を投げれば、そこで待ち行列ができます。実運用では「同時実行2〜3」を上限に見て、超えるようならメモリの大きい機材にするか、2台目を足す判断になります。
既存のPCを流用できますか
利用者層はほぼ流用できます。メモリが8GBなら、16GBへの増設だけで足りることが多い。1台あたり1万円台の投資です。作り手層はメモリとSSDを見て判断しましょう。手持ちのPCで判定すると、その機材でどのモデルが動くかが分かります。